久野勘助って知ってる?
門司港駅から山の手へ、バスに揺られて約10分。
駅から離れて山の手に行ったあたりは、門司港が栄えていた頃、諸外国や名高い人々の避暑地とされていたと聞いたことがあるエリア。
通りから見つけることができない場所にその邸宅はあります。
長い階段をあがると見えてくる立派な門構え。未だ、表札は「久野」の名前が。
門司の花柳界で、その名を響かせた「三羽烏」と
言えば、石油の出光佐三、船舶の中野真吾、米の久野勘助の御三方。
久野勘助は、山口県出身で、若くして下関の米相場で1億円の大金を手に入れた豪商で、関門トンネル建設の際に出口を「小倉」から、「門司港」に変えさせた人物とされています。
今、政界で一悶着している「下関北九州道路」。
久野勘助が、トンネル出口を門司港に変えてなかったら、そんなに揉めていなかったかも…なんて。
今回は、その久野勘助が住んでいた邸宅に潜入してみました。
和洋折衷の邸宅の内部はこちら
建物は、和洋折衷の木造建築。
広さ300坪と言われる敷地内の裏にある広大な庭から撮った1枚。
庭を囲むようにL字型に建てられた住居は、建設時の資料から、昭和8年(1933年)に大林組住宅部の設計で建てられたことが分かっているとのこと。
玄関
玄関周りのステンドグラスは外からの光を柔らかく取り込みながら、明るくする。それ自体が芸術品。飾り格子も美しい。
1階応接間
マントルピースを思わせるタイル張りの設えには、ストーブが設置され、程よいぬくもりで出迎えてくれた。
この応接間の左手には、庭に続くサンルームが付属している。
サンルーム側から見た応接間。使われている桟やタイルの経年変化にこの建築物の歴史の深さを感じる。
さて、普段は入ることのできないこの旧久野邸になぜ、潜入できたかと言うと、年2回ある一般公開にお邪魔させてもらったのです。
現在の主は、テラコッタ彫刻家の松永孝氏。数年前に縁があり、この旧久野邸をアトリエとして購入。主のいない間に荒れていた箇所を少しずつ直した後、毎年春と秋に一般公開されているのです。
今回は、洋風なお部屋側のみの紹介ですが、細部までこだわられた素晴らしい和室も。
昭和初期の状態の良い現存する建築。
お好きな方はぜひ、この歴史的建造物を実際に見て欲しいです。
アートと建築
一般公開中は、「旧久野邸」内で、松浦孝氏のテラコッタ作品を鑑賞することができます。
その肌に思わず触れたくなるような質感。
テラコッタ作品は、土や粘土を焼成して作られるので、なんとなくそこに「自然」の息遣いを感じさせるなーと思う。
いのりちゃんシリーズ。この静かなで祭壇のような空間にほんとにしっくりくるなぁー。
しばし、時間を忘れて眺めていました。
次回の一般公開は、秋。
秋もまた、お庭の雰囲気が変わって違う顔を見せてくれるのだろう。
告知をお見逃しなく!!
「旧久野邸」の地図など詳細情報
一般公開について
久野勘助の旧居
北九州市門司区谷町2ー3ー10
春と秋の2回 HPやFacebookなどで告知
主催:松浦孝アトリエ(旧久野邸)