こんにちは。山乃撫子です。さっそくですが、あなたはコーヒーマイスターという資格をご存じですか?コーヒーマイスターとは、日本初のプロのコーヒーマンの資格。2019年時点で、全国に5485人、山口県内では28人しかこの資格を持っていないそうです。実は、下関の唐戸商店街にこの称号を保持する方がいらっしゃいます。下関のカフェ史を築いてきた一人、金ヶ江邦雄さんです。
金ヶ江さん。バッジはマイスターのもの。
下関のコーヒーマイスターはこんな人
金ヶ江邦雄さん。昭和19年下関に生まれ。戦後の下関の復興と衰退を体感した方がここにもいらっしゃいました。取材中、心に響く言葉が湯水のごとく溢れてきました。現在、金ヶ江さんは唐戸商店街にある自店喫茶「自家焙煎コーヒーの店・ユニーク」を経営されていますが、お店に入るのは毎週金曜のみ。それ以外は、企業、学校、その他施設などに、講演活動や出前喫茶、また地元の自治会の役員を担う活動人です。山口県下関市倫理法人会の「モーニングセミナー委員長」も務められています。毎週水曜の朝6時から、東京第一ホテル下関で倫理法人会が主催するそのセミナーに、一度お邪魔したことがあります。金ヶ江さんの大きくて元気な声の挨拶はとても清々しく、印象的でした。また、始めて3年というたくさんの絵手紙を見せていただきました。長年描かれているような貫禄と力強さ。「自分が見てきたもの、こだわっているもの。そういったものを表現するほうがいい」。金ヶ江さんの人生が表現されているようでとても面白かったです。あと、包丁研ぎもされるそうです。その手紙がコチラ↓
金ヶ江さんのコーヒー史
金ヶ江さんの出発点は、以前はご両親が営んでいた洋品店、現在はご自身のお店「ユニーク」がある場所。終戦後は繁盛したものの、大型量販店にお客が流れ廃業。金ヶ江さんはUCCコーヒーにて修行した後、昭和47年、今と同じ場所で「フルーツパーラー」を始めました。今では箱のミックスが主流ですが、材料を図って一から作るホットケーキは大好評だったとか。今でもその味を再現してほしいという声もあるそうです。昭和57年、コーヒーハウス(コーヒーバザール併設として)現在のユニークが誕生。転機は昭和62年、旧英国領事館内にコーヒーハウス「下関異人館」をオープンしたこと。歴史的建築物の中の喫茶店として、多くのメディアにも取り上げられた金ヶ江さん独自の「カフェ・オ・レ」の入れ方・楽しみ方が時代にマッチし、多くの方を魅了。イタリア・ベニスで行われた「世界スペシャリティコーヒー会議」に出席、また当時の大英博物館館長からは「サムライマイスター」と称賛されました。お店に入ってきた方はみな平等で、肩書関係なく丁寧に接客。日本の茶道も、小さな戸・にじり口から茶室に入ればみな一人の人。そんな姿勢が、英国人から見れば武士道とリンクしたのかもしれません。2009年、旧英国領事館改修工事に伴い、惜しまれながら22年の歴史を閉じた下関異人館。まさに金ヶ江さんは、下関のコーヒー文化を引っ張ってきた先駆者の一人であります。
コーヒーと人生と。
自らを「必楽仕掛人」と称し、「いい出逢いで、人生は楽しく」という金ヶ江さん。一杯のコーヒーに生き様が反映する一杯、一期一会を提供したい。金ヶ江さん自身が心がけていること。お店はオーナーの人格・品格であるため、どんなお客様に対しても話ができる多くの引き出しを持つこと。いろいろな情報収集をすること、生活感を出さないことなど、心がけていることはたくさんありますが、苦労ではなく楽しく見えます。それは、非日常を求めてコーヒーを飲みに来られるお客様への配慮・心遣いでもあり、また日本人が生まれ持って備わっている素質なのではないか、と思いました。昭和をかけ抜けた人生の先輩が淹れる一杯コーヒー。缶コーヒーやフランチャイズのカフェが人気な昨今。だからこそ、個々のカフェやその味、オーナーはどんな人なのか。今までとは違う視点で、いろいろなお店を試してみたくなりました。あなたもコーヒーを通した人めぐり、行ってみませんか?